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2003年の掲示板書き込みから
かっての浅草のりが、親戚の京都人や大阪人えの 手土産に江戸っ子の誇りと自慢のささえだったことを おしらせします。
かって、東京からの手土産は関西人にとっては彼らの亜流にすぎませんでした。
ところが、浅草のりを持参すると、彼らの態度は一変したのです。
これは戦前のそれも中華事変のはじまるころから戦後、昭和40年代までは、 浅草のりは彼らの唾涎の的だったのです。
子供の頃、青年期まで、僕はこの手土産を持参して浪花の町と京の都を胸をはって闊歩できました。
浅草のりには、江戸っ子の粋が凝縮されていたのです。
おおげさかもしれませんが、すくなくとも、かれらは洗練された江戸を感じて、内心舌をまいていたのです。
きんのり丸さんのお話をよんであなたに声援をおくりたいとおもいました。
僕がすんでいる、かっての千葉街道筋、検見川の古老は今の浅草のり、ありゃー浅草のりじゃないといっていました。
そう、40年代の中あたりかな、これは違うと思い出したのは、みるまに味がおちた。漆黒の色といい、江戸っ子の からっとした味といい、まるで腑抜けのように、あとかたもなく
急激にきえました。
海が汚れたのだとおもっていました。
そのように古老からききましたが、種までかわっていたことをしりました。
いま韓国産ののりのなかに、懐かしい江戸の味馨りをかんじます。 美味しいのです。それも普通ののりがです。
江戸湾は江戸湾の味をそだててくだされば、どんなにうれしいことでしょう。
かっての浅草のりを復活しようとがんばっているきんのり丸さんに声援をおくります。
のりずくりも文化でしょう。江戸っ子の粋のような浅草のりの復活を期待しています。
あなたのがんばりに声援をおくります。


・・・シモンさんの書き込みから引用


以前に戴いたコメントです。
私はこの言葉で失敗しても続けているようなものです。
これを20日晩の採苗日程を決める打ち合わせで漁師メンバーに配布しました。皆私同様にプライドをくすぐられモチベーションが上がればと・・・
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